1. 経済安全保障とは? - 身近なリスクと影響
経済安全保障とは、文字通り「経済的な手段により国家・国民の安全を確保する」ことを指します。
私たちの日常生活だけをとってみても「日本の企業が販売しているものの、生産国は中国などの外国」という商品・製品は珍しくありません。食品、雑貨、洋服など枚挙にいとまがないはずです。また、私たちの生活に欠かせないパソコンや携帯電話に使われているレアアースや半導体などの原料も、現状ではその大半を輸入に頼っています。
しかし、仮にウクライナ危機、ガザ侵攻のような戦争や政変、新型コロナウイルスのような大規模な感染症、地震や洪水などの大規模災害が起きれば、海外からの商品・製品・原料は、日本にまったく輸入できない事態に至るかもしれません。また、特定の国との関係が悪化すれば、その国が日本への輸出を一切行わない決断を下す可能性も出てきます。そうなると、私たちの生活はめちゃくちゃになってしまうでしょう。
また、輸入できないという事態こそ起こらなくても、私たちの生活の安全が脅かされる事態は起き得ます。1つの理由となるのが、大規模なサイバー攻撃です。情報通信研究機構によりますと、サイバー攻撃に関わる通信は、2023年時点ではおよそ10年前の2014年と比べて25倍に増えているとのことです。つまり、14秒に1回、攻撃を受けている計算になります。企業にも「自社は大丈夫だろう」と過信するのではなく、「いつかは我が身」と考えて用意する姿勢が求められています。
さらに、世界各国では生成AI(人工知能)や量子などの技術が急速に進展し、先端技術開発や人材投資の国際競争が激化しているのが実情です。加えて、軍民両用(デュアルユース)といって、軍事と産業の両方に活用できる製品・サービスも拡大しています。例えば、日本でもおなじみのロボット掃除機「ルンバ」の製造・販売元のアイロボット社は、もともとは軍事関連ロボットの開発を主に手掛けてきた企業です。
日本は、科学技術が戦争に悪用されたという考え方から軍民両用の推進を避ける方向にあったものの、諸外国の動向を鑑み、昨今は姿勢を変化させています。まとめると、経済安全保障への対応を進めるべき理由は以下の3点です。
- 物資の安定供給
- サイバー攻撃対策
- 先端分野の技術開発
2. 事例で見る経済安全保障: その重要性を具体的に理解する
なぜ、経済安全保障が必要かは、具体的な事例を用いて考えるとわかりやすくなります。ここでは具体的な事例として、レアアース、小麦、先端技術の流出について解説します。
レアアースとは、鉱物から抽出される金属(レアメタル)のうち、17種類の元素(希土類)を指す言葉です。具体的には、以下の17種類の元素が含まれます。
- Sc(スカンジウム)
- Y(イットリウム)
- La(ランタン)
- Ce(セリウム)
- Pr(プラセオジム)
- Nd(ネオジム)
- Pm(プロメチウム)
- Sm(サマリウム)
- Eu(ユウロビウム)
- Gd(ガドリニウム)
- Tb(テルビウム)
- Dy(ジスプロシウム)
- Ho(ホルミウム)
- Er(エルビウム)
- Tm(ツリウム)
- Yb(イッテルビウム)
- Lu(ルテチウム)
これらのレアアースは、テレビ、デジタルカメラ、携帯電話、パソコン、次世代自動車(ハイブリッド・電気自動車・燃料電池車・天然ガス自動車)を作るのに欠かせません。
そして、日本の場合、レアアースの6割を中国からの輸入に依存しています(2018年時点)。このデータだけを見ても、万が一、日本と中国の関係が悪化した場合は、レアアースが日本にまったく入ってこなくなり、経済活動が停滞する可能性は十分にあることがわかるはずです。
例えば、2010年9月に尖閣諸島沖で発生した中国の漁船と日本の海上保安庁巡視船の衝突事故の際は、中国は事実上の報復措置として日本へのレアアースの輸出を停止しました。このような事実を見ても、レアアースの輸入を特定国(ここでは中国)に頼るのは、経済活動の継続という意味で大きなリスクになることがわかるはずです。
また、より私たちの生活にとって身近な食品との観点からも、経済安全保障は重要な取り組みとなります。2022年2月にロシアがウクライナに侵攻した際、小麦の輸入価格が上昇するという騒ぎが起きました。ウクライナは小麦の一大生産国であり、戦争で生産が困難になることから、小麦の先物価格が急激に上がったためです。
日本は小麦の大半を輸入に頼っている国であり、先物価格の上昇による影響を大きく受けます。できるだけ日本国内でも小麦を生産できる体制を整え、輸入価格が上昇したとしても、国民生活に甚大な影響が及ばない体制を作り上げておく必要があるでしょう。
また、AI、量子コンピュータなど、軍事転用可能な技術が流出すれば、その技術が悪用され、サイバー攻撃や新たな軍事技術の開発など、国家安全保障上のリスクになり得ます。
例えば、AIが大規模で無差別な標的を設定するために使われた場合、民間人の被害を抑える予防措置が取れず、国際法の原則に反する事態が起きてもおかしくはありません。さらに、複数の先端技術を併用した場合、「予期せぬ相互作用」といって、壊滅的な事態が起きる可能性も十二分にあり得ます。簡単にいうと、SF映画にあるような「AIが誤作動して核兵器発射システムが作動し、人類が滅亡する」という事態が起きる可能性があるということです。
このような事態を避けるために、世界各国ではさまざまな対策を講じていますが、詳しくは後述します。
3. 経済安全保障のための政策: 国家と企業の取り組み
経済安全保障を確保するために、日本を含めた世界各国の国や企業では、様々な取り組みを行っています。
まず、サプライチェーンの多角化です。レアアースを例にとると、日本ではその大半を中国からの輸入に頼っています。しかし、前述したように、両国間の関係が悪化した場合、輸入がストップする可能性は十分にあるでしょう。そこで「中国以外の国からレアアースを調達する」ことを目指し、官民を挙げた取り組みが活発に行われています。
例えば、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構は、大手商社の双日と共同で設立した日豪レアアース株式会社を通じ、オーストラリアの金属会社・Lynas Rare Earths Limitedと日本向けのレアアース供給契約を締結しました。また、同じく大手商社の住友商事は、アメリカ・ネバダ州の金属会社・MP Materialsと同社が生産するレアアースの日本向け独占販売代理店契約を締結しています。アメリカ、オーストラリアはいずれも日本にとっては友好国であり、今後はこのような友好国からの調達にシフトしていく可能性が十分にありそうです。
国内生産体制の強化も、経済安全保障の上では重要なトピックになります。例えば、仕事や日常生活に欠かせないノートパソコンや携帯電話も、大半が中国からの輸入品です。今後は台湾やタイ、ベトナム、韓国など他の国から輸入したり、日本での生産に切り替えたりするなどの対応が求められます。万が一、相手国との関係悪化により、調達が難しくなった場合でも、輸入先を多角化していたり、国内生産ができる体制を整えたりしていれば、リスクを分散することが可能になるでしょう。
重要技術を保護することも、経済安全保障には欠かせない施策の一つです。まず、2023年10月には、欧州委員会が加盟国が有するAIや量子などの先端4分野の技術につき、域外への流出による軍事転用のリスク評価を始めました。これより先の2024年8月には、アメリカが同国内の企業・個人によるAI、量子、先端半導体の分野での中国への投資を規制する新制度の導入を発表しています。
日本でも、原子力や先端素材など、軍事転用リスクの高い汎用品に関して、軍事転用の可能性を調査する形での輸出規制の強化を図っています。
なお、2024年8月には、国連がすべての加盟国に対し、これらの軍事転用可能な技術について、対策を話し合う多国間フォーラムを設けるよう勧告しました。軍事転用可能な技術の流出防止は、日本をはじめとした世界各国で、安全保障上の重要な課題になっていくでしょう。
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4. 私たちにできること: 経済安全保障は「自分ごと」
経済安全保障と聞くと、自分にはまったく関係のない話と思うかもしれません。しかし、経済安全保障がまったく機能していないと、以下のトラブルが起きることは十分に考えられます。
- オンラインショッピングをしていたら自分の個人情報がごっそり抜き取られた
- スーパーで買い物をしようとしたら「来月から小麦粉は入ってこないので」と言われた
- 新しいノートパソコンを買おうとしたら「中国から入ってこないので次はいつ入荷するか分かりません」と断られた
いずれにしても、私たちが安心して生活をできる状況ではなくなることだけはわかるはずです。普段からテレビ、新聞、Webのニュースにこまめに目を通したり、経済安全保障について解説した本を読んだりして理解しましょう。シンクタンクなどが開催している一般消費者向けのセミナーに参加するのも有効です。
また、私たちの生活の中で、輸入に頼っている製品・商品があれば、可能な範囲で国産のものを選ぶようにしましょう。輸入に依存しない消費を心がけられるうえに、国内の雇用創出、経済の発展にもつながります。
さらに、海外では人権デューディリジェンスと言って、企業活動における人権リスク(例:強制労働により鉱石を採掘している)を特定し、防止・軽減策を講じた上で、取り組みの実効性や対処方法に関する情報開示を行うのを法で義務付けることが一般的になっています。
しかし、日本では現状、このような法律はありません。「正しく、倫理的な問題がない状態で貿易を行うこと」が経済安全保障の目的に含まれる以上、日本でもこのような法律の整備が求められます。
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